会社を辞めたいと思った

最初に簡単に自己紹介をしておくと、僕は今年の春に都内の大学を卒業し、今は大手IT会社の従業員として働いている。

給料は悪くないし、もともと仕事にはとても積極的な方なので、残業が100時間くらい超えても基本的には平気だった。

責任の大きな仕事を任されると嬉しかったし、仕事の幅が広がるたびに自分自身も成長しているように感じた。

 

だが入社から半年(正確には7ヶ月半)して、急にガタがきてしまった。いろんなことがアホらしくなってしまったのだ。

直接の原因は大きなプロジェクトを非常に厳しいスケジュールでこなしているうちに、社内のコミュニケーションに疲れてしまったことだと思う。

一応自分がリーダーのような役割を担っているので途中で投げ出すことはできないし、何か問題が起これば基本的にはすべて僕の責任である。

責任のことや煩雑なコミュニケーションのことを考えていて、会社に行く意欲がさっぱりなくなってしまった。

 

今は修羅場を越えて落ち着いてきたが、僕はこれを機に従業員として働くことのデメリットを身にしみて感じた。

 

  1. 一緒に働く相手を選べない
  2. 頑張って働いても見返りが少ない
  3. 休みたいときに休めない

 

まず、会社で従業員として働く以上、上の命令は絶対である。組織構造というのはマネジメント層の一存で決まるので、下っ端の従業員は当然ながら一緒に働く仲間を選ぶことはできない。

社会人になる前は「そんなこと当たり前だろjk」とか「誰とだって仕事くらいうまくまわせる」とか考えていたが、やはりどうしても馬が合わない人間というのはいて、そんな人と仕事をするのはものすごい苦痛だったりする。

原因は価値観の相違によるものかもしれないし、コミュニケーションのスタイルによるものかもしれないが、いずれにしてもプロジェクトメンバーに苦手な人間がいると生産性は非常に下がる。

 

次に、見返りについてだが、現実的にはほぼ皆無といっても良いのではないだろうか。

常識的に考えればわかるが、いくら会社に多大の利益をもたらしたとしても、それが納得のいく形で給与に反映されることは基本的にない。多くの場合はボーナスや基本給が少し上昇するだけであろう。

昇進という見返りもあるが、動きの激しいこのご時世に会社の役職がどれほど重要なのだろうか。組織変動でいとも簡単になくなってしまうのが役職である。

そもそも会社に入ってみてわかるのは、評価というものの難しさだ。成果主義と謳ってはいても、生み出された成果に対して個人の貢献度を厳密に算出するのは容易なことではない。ためしに他人の働きぶりを評価してみると、そんなことは無理だと想像できるのではないだろうか。僕は無理だと思った。

責任ばかり増えてゆき、それに見合った対価が支払われないというのは従業員というものの宿命なのだと思う。

 

最後だが、従業員である以上、会社に行きたくないと思っても、簡単には休めない。

自分が休んでしまうとプロジェクトメンバーに迷惑がかかるかもしれないし、有給が残っていなければ給料が減ってしまう。

おまけに休めたとしても、現代は非常に便利なのでラインやSkype、チャットワークといったあの手この手で会社からの通知は耐えない。

僕は休みの日でも携帯が震えると会社からの呼び出しではないかと思ってびくびくしてしまう。

本当はのんびり寝ていたかったり、好きな映画を何度も見に行きたいのにそんな時間はない。

 

 

いろいろ不満を書いてきたが、勢いで書いてしまったのでまとまりがなく、ご一読頂いた方には非常に申し訳ない。しかし文章には熱量というものがあると思っていて、何度も手を加えたりするよりかはそのまま残しておいた方が後々振り返ったときに面白いと思うのでこのままにしておく。

それではまた。

自由に生きたい

こんな風に思っている人は少なくないだろう。

大切な時間を自分のため、家族のため、大切な恋人・友人のために過ごしたい。

しかし、現実はそうはいかない。

一度会社に入って従業員として働きはじめると、時間の大半を会社のために使わなければならない。

中には休日まで仕事についやしたり、次の月曜日が気になってのびのびした時間を過ごせなくなっている人もいるはずだ。

 

かくゆう僕もそんな人間の一人で、今年の春に大学を出て社会人になり、早くも社畜人生まっしぐらという具合である。

ここは半年間の社会人生活を経て僕自身が感じた疑問や、より良い人生を送るためにはどうしたらよいのかといった考えを赤裸裸に書き綴るブログである。

それでは始めよう。